最近、ぎょうれつで、
カンボジア学校建設プロジェクトってやってますよね。
そこでちらりとしんすけがいっていた一言
そもそも、学校を作ろうなんていう態度自体が上から見ているし、偽善なんですよ。
でも、無いよりはあった方がやっぱりいい
深い言葉だな〜と思いました。私もその通りだと思いました
ただ、ココまで来るとラインが難しくなる気もします。
屁理屈をこねるやつがいると、
東南アジアの売春だってどんどんやればいい。
かれらが1ヶ月働く分の給料が1日で手に入るんだろ。外人が金を持ち込んでやるから生活水準があがるんだ。
これは多分えぇ〜〜〜それはおかしいだろ!という人が日本だと100%だと思います。でも実際、これを100%禁止すると、多分現地の金持ちの相手、それもないと臓器を売るしかないかもしれません。
いやいや、これは自分のよくのためでしょ?学校建設プロジェクトは人のためでしょ?ぜんぜんちがうじゃん。という意見もその通りに聞こえますが、
ボランティアだって、本当にボランティアなんてあるのか?という問題がでてきます。感謝されるということを期待してるんじゃないですか?正直にいって、私は誰かのために何かをするということを無償でやってみようと何度か思って実行したこともありますが、
あ、ありがとう
って感じだと、なんだよ〜ぶ〜っておもっちゃいます。
それはお前が人間が小さいからだよ!といわれればそれまでですが。
だから、人のためというのは理由にならないんですよね。たぶん。
私個人的には、元通りにならないのはだめだと思います。
だから、臓器の販売はだめだとおもいますし、売春とかもリスクが高すぎるので良くないと思います。
一方で、それを失くすためには、それ以外のものを提供しなければなりません。
例えば、フィリピンパブは売春だろう!と外国に文句をいわれた日本政府は、フィリピン人へのビザの発給を中止したそうです。そして、フィリピンパブはつぶれました。彼らの稼いだお金はフィリピンの家族の生活費でした。
日本政府はあらぬ疑いを掛けられるのが嫌なので、めんどくさ、じゃ〜ビザだすのや〜めたという程度でしょう。逆にこれによって多くのフィリピン人がこまったかもしれません。
ここでや〜めたといったときに、例えば他の仕事は提供されなかったんですよね。
私なら、(努力するのが前提ですが)
英会話学校の先生への道
看護士・福祉系の資格取得
とかできるんじゃないでしょうか?
一方で看護士のゆうちはちっともうまくいってないですよね。でもコレも国を攻めたいところですが、最近のモンスターペアレンツの状況を見ていると、
子供の部活動の体操着は学校で洗ってくれという程度の低さでは、
もしも医療事故がおきた時に訴訟される原因を作るだけなので、うけいれたくなくなるのもよく分かります。
そう考えてみると、何がただしいのか?ってわかんないですよね。難しいですよね。
相対的に考えるとわからないくなるので、絶対的視点でかんがえてみるのでしょうか?
例えば、自分にできることにフォーカスする。そして精度を上げていく
例えば、ユニセフに募金してみるとか?
まてよ、でもそれよりも国の借金の問題が…
ととどまることのない疑問が頭をめぐりながら世がふけていったりします。
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